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東京高等裁判所 昭和60年(ラ)317号 決定 1985年8月12日

抗告人

山本賀代

抗告人

山本利夫

抗告人

山本光利

右三名代理人

鈴木隆

相手方

有限会社美建住宅

右代表者

藤江吉二

右代理人

小村義久

主文

本件抗告を棄却する。

抗告費用は抗告人らの負担とする。

理由

本件抗告の趣旨は、「原決定を取り消し、相手方有限会社美建住宅の本件不動産引渡命令の申立てを却下する。」との裁判を求めるというのであり、抗告理由は別紙のとおりである。

そこで、まず短期賃借権に基づく占有の主張について検討するに、記録によれば、抗告人らは他に生活の本拠を有しており、恒常的に本件建物を使用収益した事実はなく、現実にこれを使用収益しているのは大久忠とその家族であり、本件建物に対する賃借権は、抗告人ら主張に係る右大久の抗告人賀代に対する六三五万円の連帯保証債務を担保する目的で設定されたことが明らかであるところ、このように、当該不動産の使用収益自体を目的とするものではなく、金銭債権担保の目的で設定された賃借権の取得は、抵当権と併用されるものでなくても民法第三九五条の適用はなく、民事執行法第五九条第二項により売却によりその効力を失い、また、同法第八三条の適用に関しては、事件の記録上差押えの効力発生前から権原により占有している者でないと認められる不動産の占有者に準じ、引渡命令の相手方となると解するのが相当である。

次に留置権に基づく占有の主張について検討するに、本件賃貸借の保証金は、その額が賃料に比して著しく高額であると認められるのみならず、抗告人らの主張によれば、右保証金は現実に賃貸人大久に納入されたものではなく、執行債務者兼建物所有者である右大久に対する前記債権をもつてこれに充当したというのであるから、一般の敷金債務と性質を異にするものであることは明らかであり、このような場合には右保証金の返還債務を買受人が引き受けるべきものとすることはできないと解するのが相当である。けだし、これを反対に解するときは、執行債務者の右のごとき別途債務までも実質的に買受人において肩代わりしなければならないという不合理な結果を来すからである。したがつて、これを被担保債権とする留置権をもつて買受人たる相手方に対抗し得る余地はないというべきである。

よつて、原決定は相当であつて、本件抗告は理由がないから失当として棄却し、抗告費用を抗告人らに負担させることとして、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官賀集 唱 裁判官梅田晴亮 裁判官上野 精)

抗告理由

一 抗告人山本賀代及び山本利夫は夫婦であり、抗告人山本光利は同人らの子である。

二 抗告人賀代は、本件競売事件(横浜地方裁判所昭和五八年(ケ)第二八七号)の債務者兼所有者である大久忠を代表取締役とする丸乳運輸株式会社に対し昭和五七年八月四日に六三五万円を年利八・五パーセント、弁済期昭和五八年七月三〇日の約定で貸し渡し、大久忠は右同日抗告人賀代に対し右債務につき連帯保証する旨約した。

三 大久は、抗告人賀代に対し昭和五八年二月一日原決定別紙目録記載建物を①期間・昭和五八年二月一〇日から同六一年二月九日まで、②賃料一箇月二万五〇〇〇円、③保証金六〇〇万円、ただし賃貸借終了時に建物明渡しと同時に返還するとの約定で賃貸し、その際保証金六〇〇万円については前記債務のうち六〇〇万円をこれに充当する旨合意した。抗告人賀代は、右賃貸借契約に基づき昭和五八年五月上旬に大久から本件建物の引渡しを受け現にこれを占有しており、抗告人利夫及び光利はその占有補助者である。

四 本件建物は、本件競売事件において買受人有限会社美建住宅に売却され、同社は横浜地方法務局鎌倉出張所昭和五九年一二月三日受付第一七八九二号により所有権移転登記を経由した。

五 本件賃貸借は、いわゆる短期賃貸借であるから、抗告人賀代の占有は買受人に対抗できるものである。仮に右賃貸借が債権担保を目的とするものであるとして売却により消滅するものとしても、前記のとおり右賃貸借の保証金返還と建物明渡しとは同時に履行する旨の特約があるから、抗告人賀代には右保証金返還請求権を被担保債権とする留置権があり、留置権は差押の効力発生後に成立したものであつても買受人に対抗することができる。

よつて、前記短期賃借権又は留置権に基づき本件建物を占有する抗告人らに対し発せられた本件引渡命令は違法である。

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